今年に入ってから、生活のすべてが停滞してるような時期がありました。何をやっても次につながらず、糸の切れた凧が「無為」という大空に流されてしまったようで心細い思いをしていました。このまま自分はどうなってしまうのだろう…。何も成し得ず、必要とされず、さみしく呼吸を重ねてゆくだけなのか…。歯車が噛み合ないときは、どんなに足掻いても上手くゆかないものです。それ故に余計に悲観的になる悪循環。
そんな悪循環を断ち切るのは、ありのままを受け入れるという寛大さかもしれません。ダメなものはダメ。ある意味、開き直りに近いかしらん。そしてダメなりにできることを、手を抜かずにやる。花が咲かない時期には、土を耕したり、農具の手入れをするようなものでしょうか。でもそれは、実はとても大事な時間なんですよね。
このところ、にわかに「停滞」が解除されつつあるようです。マルチに活躍され、作家でもあるT氏との食事会。悶々としていた時期に感じたことなどを、とりとめもなく話していると「こんなことしたら面白いかも」「こんなことも出来る」と、発想がどんどん羽ばたくのです。良いときも、そうでないときも。毎日を丁寧に生きることの大切さ、そして人と関わることの面白さにワクワクした夜でした。

木綿の久留米絣に八寸の帯。柄は抽象的で特定できませんが、激しめの色使いが意外と何にでも合って使い勝手の良い帯です。
袖口から襦袢がはみ出しているのが悲しい〜。