昨日、渋谷の温泉施設で大きな爆発事故がありました。私は仕事に向おうところで、たまたま近くにいました。突然すべての物事を止めてしまうような音と揺れ。何が起きたか分らない不安。近くと云っても直接現場が見える場所でありません。ただ、大変な何かが起きたという恐怖だけです。すぐに消防車や救急車などのサイレンが鳴り響き、騒ぎはどんどん大きくなってゆきました。
それでも立ち止まっているわけには行きません。スタジオに向って歩き出したのですが、あちこちの建物から人々が覗いたり出たりしながら上空のヘリの群れを眺めたり、心配そうに話し合ったりしていました。ほどなくスタジオに到着して、すぐにニュースチャンネルを点けてもらいました。画面の中の大惨事。胸が苦しくなりました。
ほんのわずかなタイミングで人の命は守られている。或いは危険にさらされている。毎日を当たり前に過ごし、当たり前じゃないことが、いつの間にか当たり前になっています。今、この瞬間に自分が存在していること。語らい、笑い、怒り、泣き、息をしていること。どれ一つとして当たり前のことではなく、とても特別な意味のあることだと思いました。
それにしても、このところの様々なニュースを含め、人間の傲慢や強引さが目につきますね。儲けるためにはどんな力技をも使う。自然の摂理を平気で無視したり。なんというか、人間のおごりを痛感します。世の中の膿みみたいなものが噴出しているような不気味さを感じてなりません。
でも、げんなりばかりもしてられません。ポジティブに自分をもっていかないと始まらないし。何ができるのか。何を志すのか。自分がここにいる意味は何なのか。
間もなく夏至です。光の頂点は闇の始まり。陰陽はいつでも抱き合っている。光と闇から得るものはバランス。そして交わり。