10月20日

友人がこんなことを云ってました。現代は「生きている」という実感が稀薄になりがちだと。
もしかしたら忙し過ぎるのかもしれない。あるいは情報がありすぎて、何をすくいあげ、何をやりすごすのか判断しづらくなっているのか。あらゆるものが自分の皮膚の表面をかすめて行くだけのような、そんな感覚に襲われることもあります。
そういう時、どうするのか。友人はこんなことも云っていました。多くの人は泣こうとする。そして悲しみという強い感情に寄り添うのだと。
たしかに悲しみは輪郭がはっきりとして、わかりやすい…。でもその話を聞いていて、私は残念でした。どんな些細で、微妙な感情からも「生きている」実感を得られるはずなのに。ほんの少し自分の感情と向き合うことに慣れていないだけかもしれないのに。もし悲しみだけを選びとっている人がいるならば、それは本当に残念なこと。
YES と NOの間には、無限の濃度のYESもNOもある。夕方、あまりの空の美しさに心を奪われました。「美しい」という以外のすべての言葉も奪われました。けれど、その美しさはどんどん形を変え、色を変え、ことなるビートで心をノックします。一つとして同じ瞬間がないように、同じ感情もない。私はますます貪欲になってゆきます。もっと知りたい。そしてもっと強く感じたい。もっと。感じることは世界と繋がることだから。
