6月21日

先日、久しぶりに鎌倉を訪れました。友人とあじさい見物です。まず目指したのは王道中の王道、北鎌倉の明月院、別名「あじさい寺」です。梅雨の只中にも関わらず、頭がひび割れるほどの晴天のためでしょうか、平日だというのに大賑わいでした。あまりの人混みに、一瞬「やめようかな」とさえ思いましたが、境内に入った途端にそんな憂いは吹き飛びました。あぁ、やっぱり美しい!来てよかった、と全身に喜びが行き渡ってゆくのでした。雨なら雨で、それも風情があってよかったのですが…。
実は明月院の奧に菖蒲園もあると、いままで気付きませんでした。友人に教えられて初めて入園しました。地元の人間ほど、その地域のことを知らないものかもしれません。実際私も鎌倉を離れてから、ここの本当の良さを理解した気がします。親のありがたみにも云えるかもしれませんね。これから人類が宇宙にどんどん出張る時代がきたら、あぁ地球はなんて豊かで美しかったんだろうと痛感するのかも…。

つい楽しくて、はしゃいでいたようです。知らないうちに走り回ってる姿を写真に撮られていました。ひひひ。
北鎌倉から電車を乗り継ぎ、さらに足を延ばして極楽寺の成就院へ。私の生まれ育った家から程近い名所ですが、子供のころはこんなに賑わってなかったような…。いつからこんなに有名になったのだろう。両側にびっしりと咲いたあじさいの路の向こうには、遥か海が見渡せます。ステキでしょ!
でもね、子供のころは怖くて仕方ありませんでした。ここは海から山に抜ける切り通しで、夕方には鬱蒼と茂る木々で暗く、路の両側にはお墓とお地蔵様と防空壕。深夜ともなれば魑魅魍魎のダンステリアだもの。

何年か前にもあじさい見物をしたのですが、なんと気付いたら、その時と同じ着物を選んでいました。きっと私なりの「和」への願いなのでしょう。あじさいの色や美しさを邪魔しないように。同伴者や景色と競うことなく、互いの味を活かす装い。そんな想いで選んだら、こうなりました。帯は海辺を飛ぶ千鳥です。

円覚寺の境内で出会った言葉。気持ちがブレたときに、きっと力強い味方になってくれる言葉だと思います。