6月9日
午前中から薄暗く、時間の感覚が曖昧な、実に梅雨らしい一日。蒸し暑いような、肌寒いような、皮膚感覚すらも曖昧で、まるで『今日』という水槽の中にゆらいでいる水草にでもなったみたい。ゆらゆら。ふわふわ。このカンジ、けっこう嫌いじゃない。
お昼を少し回ったころ、空がたまりかねたように雨を放った。皆が傘をさしたり、慌てて駆け出したりするなか、濡れることなど気にもとめないふうで立っている人がいた。歳のころは30代後半だろうか。入り組んだ柄のシャツに履き古したブーツカットのジーンズ。足には、これまたイイ具合に熟れた下駄。太く黒い鼻緒が、女物にはない力強い安定感を示していた。サングラスの下の瞳は何を見ていたのだろう。おそらく遠く…この街ではない、どこか。それにしてもカッコイイ男だったな。
雨はいよいよ本降りになった。大通りを逸れて路地に入ると、初老の女性が歩いてきた。何とも品の良い着物姿。薄紫の紗合わせが彼女のセンスを物語っている。紗合わせ(しゃあわせ)とは生地の上に紗(うすい透け感のある布)を重ね合わせて仕立てたもので、下になっている生地の模様が透けて見えるため、独特の繊細なエレガンスがある。特殊なだけに、とても贅沢な着物である。なのに雨コートもなしにスッと傘をさしたもう一方の手で着物の裾を持ち上げているだけ。下着の襦袢と足首が覗いている。本来ならば下品に成りかねないのに、その仕草は艶かしくもあり、また初々しくもあった。
『足下を見る』と云うけれど、今日は魅力的な足元に釘付けの日だった。下駄の男性も、着物をたくしあげた女性も、それぞれのスタイルが足に出ていた。自分の世界にしっかりと立ち、そして歩いてきた足。残念ながら二人の顔は思い出せないが、あの足元だけは鮮明に焼き付いている。

もっと絵が上手だったよかったのにな〜…