つい一週間ほど前、このまま夏は急速にしぼんで行くのだろうと、物悲しく肌寒さに震えていた。それが8月の最後になってまた暑さがぶり返した。まるで夏が意地を張っているような暑さだ。けれど意地を張ってみたところで、所詮は終いぎわの踏ん張りで、盛りのころの芯の太さはない。往生際の悪さだけがいやらしく絡みついてくる。
幸田文が父、幸田露伴の言葉を反芻している随筆がある。
『ものの初めには活気があるが別れには情があるべきものだ。(中略)
終わろうとする季節を惜しんで送ろうとするなごりがないのは疎ましい。(中略)
別れ際に風情のない女になんでおしゃれも着物もあるものか』

残暑の気怠さに身を任せ、楽ばかりを貪っていたけれど、ここは一つギュッと帯で気分も引き締めよう。うだるような…いや、むしろ唸るような暑い日には夏塩沢が似合う。