2008年の12月、一週間という短い期間ではありましたが、東ティモールを訪れる機会に恵まれました。私が担当している、東京FM Daily Planet〜Humming Bird という番組で Nepia 千のトイレプロジェクトのチームリーダーをゲストにお迎えしたご縁で、今回の運びとなりました。
そもそも興味のはじまりは、東ティモールが2002年にインドネシアからの独立を得た際に、環音という音楽ネットワークを主催する友人の広田奈津子が「日本から音楽を贈ろう」と思い立ったことに遡ります。奈津子の強い意志で東ティモール独立祝賀コンサートにソウル・フラワー・モノノケ・サミットの出演が叶いました。それまで、不勉強な私は「東ティモール」という地名すら耳にしたことがありませんでしたが、友人たちが関わったことで、その存在はグッと近いものになりました。
400年にも及ぶポルトガルによる植民地支配。世界大戦時には日本軍による占領。再びポルトガルに支配された後、インドネシアの武力侵攻を受け、長年に渡る紛争を強いられたのです。侵攻を受けた最初の10年間で東ティモールは人口の3分の1を失ったと聞きます。その後も繰り返される激しい徹底攻撃の末、インフラのほとんどが破壊され、犠牲者の数もわからないほどの苦難を強いられました。そのインドネシアに日本も軍事協力をしていたと知り、身の置き所のない気持ちになりました。しかも主な理由は油田を巡る利権です。つまり日本国において便利で豊かな生活を享受する私たちは例外なく、全員が多かれ少なかれ、戦争の加担者なのです。
そんな暗澹たる想いを胸にくすぶらせていただけに、千のトイレプロジェクトを知ったときは嬉しくなりました。ネピアの商品を購入すると、代金の一部が→1,000の家庭のトイレの建設 、15の学校のトイレの建設または修復 、衛生習慣の普及と定着のための活動にあてられるとのこと。国や一部の機関に使用目的も曖昧なまま漠然と寄付をするだけでなく、また単なる「寄付」という、ある種の上から目線でもない。自分たちが普段の生活のなかでしている「購買」という選択を通して何かができる…民間人が民間人の力になれる。これは人と人との「和」なのだ、と。
かくして私はどうしても東ティモールをこの目で見たくなりました。現地インタビューア兼通訳としてチームに加えてくださった関係者各位、並びにスケジュール調整に奔走してくださったスタッフの方々に感謝します。