首都ディリを離れ、村の視察へ向う途中、山の中腹で女性たちの姿を見かけました。視察チームが休憩のためにちょうど車を止めたので、私は彼女たちのところへ行ってみました。日本を発つ前にティテゥン語を調べ、いくつかの言葉をノートに書き込んでいたので、ドキドキしながら話しかけてみました。
「Bondia(おはよう)」声をかけると、彼女たちの強ばった表情がすぐに緩みました。

「Bee(水)、、、hemu(飲む)?」見ぶり手振りを交えながらの奮闘に、向こうも一生懸命コミュニケーションをとろうとしてくれました。なまじ英語ができる私には「通じない」ということが新鮮でした。逆に「通じない」ことが「分り合いたい」を増幅させ、少しでも通じたときの喜びの大きいこと。それは言語の力だけではなく、ハート同士の働きなのだからなのですね。
言葉を生業としている身としては、深く染み入る体験でした。ラジオを通して、これからどれだけ「伝え」「分り合える」のか。言葉の機能性にあぐらをかく事なく、語れるようになれるのか…。

松任谷由実さんの「スラバヤ通りの妹へ」という歌が大好きです。
♪rasa sayang その次を教えてよ。少しの英語だけがあなたとの架け橋ならさみしいから♪
きっとユーミンもジャカルタを訪れたときに、こんな気持ちを覚えたのかな…

給水設備がないために水汲みは彼女たちの大事な日課です。一日に何往復もしなくてはなりません。水汲みは女性の役割であるため、女の子たちの就学率の低下の一因となっているそうです。
つづく…