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1月23日 再会を待つ

久しぶりに友人を訪ねた。新幹線からローカル線に乗り継ぎ、少しずつ自分の日常から離れるにつれ、旧交が近づいてゆく。

日常というのは、つまりシガラミだったり、「やり過ごす」ことだったり、そこはかとない諦めが漂う。またそれは果てし無い、待ち時間でもあるように思う。夜に夜明けを待ち、誰かからの連絡を待ち、食事ができるのを待ち、寒さの中で温かな陽射しを待ち、給料を待ち、健康診断の結果を待ち、明日の訪れを待ち、やがて己の没するのを待つ。その待ち時間に何をするのか。仕事に没頭する人、趣味を満喫する人、色恋に身を焦がす人。何もしない人。

一年前に病気で夫を亡くした友人は、意外というか、やっぱりというか、とても元気そうだった。何かを失った人ではなく、むしろ何かを得た人に見えた。もちろん、最愛の夫が逝ってしまったことは哀しいことだけれど、2人は決して離ればなれではない。同じ屋根の下で暮らし、同じ食卓につきながら遠く離れている人たちをいくらも知っている。彼女からは、そんな虚しさが臭ってこない。死別でも離別でも、それぞれが生きるべき人生をしっかりと生きるために、前向きな別れというのが在るのだと改めて確認した。神の采配があるとするならば、それこそが神様が与えた「哀しみ」の意味なのかもしれない。

不在であることは、その人を消滅させることではない。友人の夫はやりかけの仕事や、年老いた両親や、思想やいろいろなものを残した。人は不在にしてなお、宿題を与え続け、後に残る人間の成長を促すのかもしれない。そしてどんなに遠く離れていても、想いを寄せれば、その人はいつでもまざまざと存在する。

たっぷりのおしゃべりと、美味しい料理をごちそうになって私は日常に戻った。以前より「もっとちゃんと、毎日を丁寧に生きよう」と思いながら、再び私は待っている。三途の川を越えた人。遠く海を渡った人。ワケあって会えなくなっちゃった人。

また、あなたに会えるのを私は楽しみに待っています。

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2010年01月23日 12:02に投稿されたエントリーのページです。

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